LOG IN

「楽しかった仕事」は、いつも「憂鬱だった仕事」だ

by Meggy

挑戦はいつも憂鬱

社会人になって7年めだけれど、振り返ってみると、印象に残っている「楽しかった仕事」は、いつだって「憂鬱だった仕事」だと気付く。たとえば「比較的、ラクして大きな成果が出た仕事」は、ストレスはかからないけれど記憶には残っていないものだ。

ヌーラボは、とてもいい会社だ。働き方もめちゃくちゃ自由だし、毎月理不尽に増えていくノルマを死ぬほど追わされたりしないし、社内のチャットで昼から雑談できるしね。ほんと、いい会社だ。いい会社すぎて、自分次第でチャレンジングな仕事もできる一方、「手を抜いた仕事」もできてしまう場所だと思う。かくいう私は、東京で馬車馬のように働いていたときからちょっとモードを変えて プライベートも大事にしつつ、なるべく仕事でチャレンジを重ねてきたつもりだ。だから、いつも頭から仕事のことが離れない。言い換えると、いつもどこかちょっぴり憂鬱だ。

もうすぐ、私の仕事人生の第一章が終わる

さて、平成元年生まれの私は12月で30歳になる(長年“若者”扱いされてきた平成生まれがついに30歳になるなんて…と自分でも驚く)。 私のイメージの30歳と比べると自分は随分と幼い気がするが、それはさておき、事実として20代が終わるのは間違いないようだ。

30歳。別に何かが変わるわけではないけれど、区切りの歳な気がしている。もちろん、もう新人じゃない。求められる成果水準も、期待されるスピード感も一段上がる。チームを持ったりもする。プライベートも変わった。オンだってオフだって、自分一人のために、文字通りワガママに時間とお金と脳内シェアを使っていい時代が終わるのだ。仕事における成果とか信頼とか人間関係とか、積み上げてきた愛しいものたちに優しく縛られながら、これまで以上にパフォーマンスを出さねばならないときが来たのだ。

2019年10月末、そんな第一章の締めくくりにふさわしいと思える仕事を終えた。

夫の誕生日、ずっと「大きな憂鬱」が続いた三連休

夫の誕生日は10月のはじめのある金曜日で、仕事終わりの私と夫は、公開初日の映画を観に行った。大好きな夫と、楽しいはずの時間。でも私の気がかりは、その日の正午に公開したばかりの、自社サービス 新機能発表会のイベントページ。映画の上映時間前に確認した申込者数は「6人」で、残念ながら、上映終了後も、全く増えていなかった。

自社サービスの新機能発表会は、他でもない私が どうしてもやりたいと主張し進めたプロジェクトだ。しかも、メディアの記者さんを呼びたいので、平日の朝にする、と決めた。イベントは記者さん向けのカッチリしたクローズドなものではなく、ヌーラボらしく オープンなもの、もちろんユーザーさんも呼びたい…と決めていたので、開催日時を平日の朝に設定するのは最後まで勇気のいることだった。ユーザーさんを呼ぶイベントは休日か、もしくは平日の夜だ。そうでなければ参加者数は望めまい。だけどPR担当としてイベントを企画する以上、記者さんをお呼びしたいのだ。

苦戦すると分かっていたものの、さすがにこの初速はヤバイ。もう会場もお借りしちゃった。豪華なゲストも確定しちゃった。福岡から出張するのも、ノベルティ作るのも決めて、予算も取っちゃった…。三連休、参加者数に動きのないイベントページを何度も確認し、私は焦っていた。というか、完全に憂鬱だった。「え、イベント、本当にやるの?笑」と半分笑いながら言った人の顔や、「イチBtoBサービスの企業の新機能発表会には行けないし、記者の呼び込みにも苦戦しそうですね」とストレートに書かれた返信の文面が何度も思い出されて、憂鬱だった。憂鬱すぎて、休み中もずっと「どうしたらこの憂鬱さを無くせるかな」を考えるほか無かった。憂鬱さを無くすには、憂鬱な状況を打開するしかなかった。

その打ち手として、社内外のあらゆる人に頼りまくって、本当にたくさんの協力を得ることができて、(その過程は大胆に端折るが笑、) イベントは結局、集客面でも来てくださった方の満足という面でも、もちろん成果面でも、大成功に終わった。一泊二日の弾丸出張は体力的にもハードだったけれど、帰りの疲労感の気持ち良さの原材料は、あの三連休の「大きな憂鬱」に他ならない。

「やるだけやった、あとは楽しもう」を突き詰めたい

まぁ、大成功と書いたけれど、次に活かさねばならない反省点は言うまでもなくたくさんあって、伸びしろを感じるばかりだ。だけど今回のこの仕事について、「やるだけやった」と言える準備を行えたことが嬉しかった。「やるだけやった」という言葉を選ぶときに、本当はもっとできたなぁ…と苦い気持ちを抱きつつ、そう言って逃げるしかない場合があるのも知っているから。この年になると、仕事の対価というのは人からの評価ではなく、自分自身への誇りであることが身にしみる。20代最後のタイミングで、自分で決めた憂鬱なチャレンジから逃げなかったことは、きっと30代以降の「第二章」の仕事に繋がっていくだろうと思う。

好きな言葉に、「悲観的に準備して、楽観的に行動せよ」がある。有名なので知っている方も多いと思うが、孫子の兵法に出てくる言葉だ。丁寧な仕事が素敵だった先輩が教えてくれた。あらゆるシーン、リスクを想定して準備し尽くせば、いざ戦いのときには、勝ちを確信できるはずだ。そう、楽しめるはずだ。いつもポジティブで自信に満ちていて、ある意味「苦労していなさそうに見える」人ほど、驚くほど思考と準備、努力を尽くしているのを何度も見てきた。私もそうでありたい。憂鬱を何度も乗り越えて、苦しくも楽しい思い出と自信を積み重ねたい。

加えて、今回も痛感したけれど、いい仕事は大概 ひとりではできないので、「力を貸してください」というお願いを恐れず恥じず、そして願わくば、私も誰かに力を貸せるだけの余裕をいつも持っていたいと思う。

さて、激動な第二章もお見逃しなく!

20代の私、お疲れさまでした。…と言っても、あと1ヶ月ちょいあるけれど。自分の中では「区切りのお仕事」を終えたので、お疲れさまでした、という気分。10年間いろんなことがあったね。熱を注いだのは間違いなく仕事。自分だけのために仕事して、仕事して、仕事して、でも遊びもして、思うがままに生きて。そんな10年間を送れて本当に良かったね。私の仕事人生は、もうすぐ第二章に。30歳になって、少しずつモードが変わりつつも激動な第二章を、どうぞお見逃しなく(誰に言ってるのやら)。

OTHER SNAPS