LOG IN

来る日も来る日も祖母の介護をする母親を見て、泣きそうになる件について

by Meggy

母親が、祖母の介護をするようになって今年で8年目になる。祖母は2018年末、99歳になる年だ。私は実家で、サポートのSの字にも満たないくらい、すこーし手伝ってるだけ。ほんのすこーし。たぶん母親からすると、なんの力にもなってない。

母親を見ているとたまに泣きそうになる。その理由をいつまでも忘れないために、ブログに書いておこうと思う。

「完璧な母親」だった姿を知っているから

一緒に暮らす祖母は母の実母。私視点でいうと、「母方の祖母」だ。パートナーの親の介護をするのと、実の親の介護をするのは、どちらも違う大変さがあるように思う。

「実の親の介護をする方が辛いだろうな」と思うことの1つに、「完璧な母親」だった姿を知っている、ということが挙げられる。小さい時からずうっと、いちばん頼れる存在だった最も身近で絶対的な存在。なんでもできた母親。その人の身体やこころが、少しずつ壊れていってしまうのを見なくてはいけない辛さ。自分の中の「お母さん」の定義を、少しずつ変えていかなければならない辛さ。

母親は、かつての「お母さん」の像に、いつさよならを言ったのだろう。

その日の母親の悲しみを想像すると、泣きたくなる。

「いいよ、いいよ」だと守ってあげられないから

「きつい?じゃあ食べなくてもいいよ」って言ってあげたい気持ちなんか、痛いほど分かる。大事な人が辛そうにしている姿を見て心が痛まないわけない。それでも、「食べなきゃダメだよ。はい口開けて」って言わなきゃいけない。なぜなら、優しく甘やかすだけだと、病気や死から守ってあげられないから。

もちろん、許容値を明らかに超えていることを無理にさせたりはしないし、薬漬けにしてまで生かすことが是だとは全くもって思わない。だけど、優しく甘くすることがどんどん「限界」のバーを下げていく。だから、ちょっとだけ頑張ってもらう。

きつそうにする祖母に優しくする自分でいれば、きっと楽だと思う。だけど祖母のために、祖母を守るためにきちんと祖母を一人の人として扱う母に、私は尊敬しか感じない。ご機嫌な日の祖母の笑顔を見るたびに、少食な祖母に一生懸命ご飯を食べさせる母親に感謝せずにいられない。嫌がる祖母の背中に塗り薬を塗り、暑い日も寒い日も毎日頻繁に部屋の温度や湿度を確認し、「誰がやったの?」って張本人に怒られながらも(時には応戦しながらも)排泄物の片付けをする母親。全部この人のおかげだ。全部。

私はちゃんと全部見てるよ、そう言いたくて、泣きたくなる。

友達との旅行も、やりたいことも、全部二の次にしてきたから

私の母親はほんとうに偉大だ。この7年間、ショッピングも、友達との旅行も、趣味も、新しく始めたいことも、全部二の次にしてきた。(してないわけじゃない。二の次にしてきた。そこがまたすごい)

「祖母を温かいお家で過ごさせてあげたい」「祖母に安心して暮らしてほしい」と母親はよく言う。「あれもやりたいのに」「これもやりたいのに」とは言わない。「あれもやったよこれもやったよ」と言う話を人から聞いても、「私は我慢してるのに!」とは言わない。懐が深くて愛が深くて、私はその姿を絶対に忘れないぞと思う。

本当は、海外旅行もしたかったでしょ。その日しかないコンサートに行きたかったでしょ。欲しいなと思うものを買わずに、祖母のケアに使ったでしょ。全部知ってる。なにもできない自分が情けない。

それでも、祖母が笑うと自分も笑う母親を見ると、泣きたくなる。

祖母と母親がくれる時間と気持ちを忘れないぞ

こういう日々を、帰福以来ずっと傍で見てる。祖母と母親が紡ぐ時間を、二人がくれるちょっぴり胸が痛くなる気持ちを、私はずっと忘れないぞと思っている。

「もう、愛以外のなにものでもないよね」と私が言うと、「もう叶わなくなってから、ああしてあげれば良かったって後悔はしたくないっちゃんね」と母親が言った。それでもその日が来たら、母親は後悔すると思う。だって、そういう人だ。いつも自分を後回しにして、人に何かしてあげるような人だ。そんな風に、いつか母親が少しでも自分を責めるときがあったら、私がいっぱい証言し肯定し、全力で味方になってあげようと思う。不器用で真面目すぎる母親を、大丈夫だよ、大丈夫だよと守ってあげたい。これからもずっとね。

大好きなおばあと過ごせる時間は全部ママのおかげ。いつも本当にありがとう。ありがとうありがとうありがとうありがとう。大好きだよ。


Meggy
OTHER SNAPS