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ひとは変わっていくね

by Meggy

「いま」がとても尊い

2017年の3月まで丸5年、トーキョーで仕事しとった私。2017年の4月にフクオカに帰ってきたのにはいろんな理由があったけど、ひとことで言うと、トーキョーでの未来が想像できんくなった。

「東京の方がいい」「福岡の方がいい」ってぐあいに、場所を比較するつもりはない。ただ、たぶん、私のいわゆる"ライフステージ”の変化が、たまたま場所の変化とリンクしとったんやとおもう。

その前提で、トーキョーにおった頃はいつも「いま」がいちばん過去で、「未来」ばっかり見とったかんじがする。憧れの対象はビジネスで成功する裕福なじぶん。家族も友人もだいじにしとったつもりやったけど、いま振り返ったらそうでもなかった。一度、人生観を変えるような病気もしてしまったし、いつも口内炎が複数個あったし(この半年、1回もできてないw)じぶんのことさえも そんなにだいじにしてなかった。

もちろん、いまだって「未来」を見てはいるけど、より「いま」を見ることが増えた気がする。それはきっと、おばあや、そんなに若いわけじゃない両親とのじかんが増えたことも影響してる。じかんは有限で、きょうが最後かもしれない、とまいにちのように感じるけんね。

変わったなぁ、と思うけど。

新卒で入った会社を辞めて、フリーランス的に仕事しとった3年前のブログを読んでみると、こんな風に書いてあった。

たまに帰省すると、「最高やなー」と思う反面、何もしていない自分に焦ってしまって、早く忙しい日々に戻りたい衝動に駆られることがある。どうやら私はやっぱり忙しくしとらんとまだまだ怖いみたいです。

きっと、それが良いとか悪いとかじゃ無いんやろうなと思う。もっと先の私は、今の私の「幸せ」を ただ懐かしいっていうだけで振り返るんだろうか。

いまはね、この頃と明確に違うんだ。フクオカに帰ってきて、INU🐶にちょっかいを出したり、父親や母親と話し込んだり、お菓子作ったり、いわゆる「仕事じゃないじかん」が圧倒的に増えたけど、それを「何もしていない」って思わなくなった。さっき書いたように、「いま」という、2度と戻らないものすごく尊いしあわせを味わっているように感じてる。言うなれば、評価のものさしがちょっと変わったかんじ。じぶんに対しても、他人に対しても。

でもね。一方で、ビジネスぎらぎらな私が死んだわけじゃないとよ。仕事中、とても悔しくなったり焦ったり、「こんなんじゃ何者にもなれねーな」ってじぶんに憤ったりすることはいまもあって、同時に、「ビジネスで成功したるんや!!!!」みたいな気持ちも、まだあるのよ。どうやって成し遂げるかのプランも、粗々ながら描いていたりもする。てへ。

これはねふしぎな感覚。あの頃の私はまだ私の中に生きている。だけど、憧れの対象はビジネスで成功する裕福なじぶん、ではなくなったよ。あの頃ガムシャラに仕事した先に手に入ると思ってた「幸せ」は、いま私が思い描くそれとは違うよ。でも、真逆なわけじゃない。

きっとむかしもいまも未来も全部繋がってて、これからもずーっと、変わり続けていくんだろうなーって。やけん、あるタイミングの一点だけ切り取って、「私は/この人はこういうひとである」って定義する必要はないんだなぁと思った。いつもじぶんらしく行こう。変わっていくことを楽しめばいいし、たいせつなひとには「変わっていくあなたがだいすきだ」と、いつも伝えたいなぁ。



Meggy
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